1958年とは、海の向こうでは1956年にメジャーデビューし、その存在が大事件となったプレスリーが軍隊に召集された年だが、日本ではおもちゃ箱をひっくり返したように大変なことになった年である。
プレスリーの和製亜流が大ブームとなった「ウエスタンカーニバル」を筆頭に、初代若乃花の大活躍/長嶋茂雄選手デビュー/チキンラーメン/こだま/スーパーカブ/スバル360/フラフープ/野球盤/グリコアーモンドチョコレート/週刊女性自身/関門トンネル開通した。
さらに、赤胴鈴之助/月光仮面/ロッテ歌のアルバム/事件記者/パパは何でも知っている/モーガン警部がヒット。映画では嵐を呼ぶ男/風速40米/ 歌の世界では♫おーい中村君/ダイアナ/星は何でも知っているが大流行し、イカす、シビれるが流行語になった。
<星は何でも知っている>は、和製プレスリーとして大人気だったロカビリー歌手の平尾昌章が歌って大流行した。
1958年製作の日活映画『星は何でも知っている』の主題歌に起用されたそうだが、映画が先にあったのか、歌を映画化したのか不明だ。しかし平尾昌章初主演映画とあるので多分歌を映画化したのだろう。
この歌はよく耳に入って来た。というのは、当時はスーパーマーケットはなかったが代わりに公設市場がどこの町にもあり、流行歌が流れていた。子どもが流行歌を耳にする場所として公設市場はもっとも一般的な場所でなかったのではないだろうか。
そのなかでも<星は何でも知っている>は鮮烈で♫ 生まれて初めての甘いキッスに胸がふるえて 泣いたのを ♫の一節が印象的だった。
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この歌はよく耳に入って来た。というのは、当時はスーパーマーケットはなかったが代わりに公設市場がどこの町にもあり、流行歌が流れていた。子どもが流行歌を耳にする場所として公設市場はもっとも一般的な場所でなかったのではないだろうか。
そのなかでも<星は何でも知っている>は鮮烈で♫ 生まれて初めての甘いキッスに胸がふるえて 泣いたのを ♫の一節が印象的だった。
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♫ 星は何でも 知っている
ゆうべあの娘が 泣いたのも
かわいいあの娘の つぶらな
その目に光る 露のあと
生まれて初めての 甘いキッスに
胸がふるえて 泣いたのを
「あの娘を泣かせたのはおいらなんだ。
だってさ、とってもかわいくってさ、
キッスしないでいられなかったんだ。
でもお星さまだって知っているんだ。
あの娘だって悲しくて泣いたんじゃない。
きっときっと、うれしかったんだよ。」
星は何でも 知っている
今夜あの娘の 見る夢も
やさしいナイトが あらわれて
二人でかける 雲の上
木ぼりの人形 にぎってねむる
若いあの娘の 見る夢を♫
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